八坂村の道祖神#2

kokotonが集中的に探索している八坂村の道祖神の続きです。
現存が確認されている双体道祖神に付いては全て調査できました。
残るは不明2点と有るかもしれないモノが2点で、現在情報収集と
現地調査の最中です。

今回はその内の12点を紹介します。
八坂村の道祖神その2



◆廃村・北条の道祖神

北条の道祖神の様子 八坂村の中程に有る集落・北条。右の写真の様に本来は雪を戴く北アルプスをバックにした素晴らしいロケーションです。しかし、ご覧の様に今は住む人も無く廃屋が山深い中に埋もれようとしています。
その道祖神は今でも集落を下った旧道沿いにひっそりと佇んでいます(写真左)。屋根も無く奉られれることも無くなったそれは、顔の表情も崩れ去り容を消そうとしています。
この道祖神は明治10年の作です。明治10年の道祖神は八坂村では3体現存しています。
北条の廃集落
北条 ここ北条の道祖神には帯代廿五両と彫ってあります。

また、北条の集落にはこの道祖神以外にも数多くの石仏が
有るのですが、集落の入り口に有る物はこれ一つです。
それ以外は集落の上に置かれています。
これは、道祖神が村の入り口で災いを食い止めるために
奉られているからでしょう。
山中の道祖神は、平地の道祖神の様に三つ辻に置かれる
事は少なく独特な位置に置かれるパターンの一つです。
そのパターンに付いては後日紹介します。

ご近所に来ていらっしゃったご夫婦にお聞きしたのですが、
奥さんは御存じなくてご主人だけが知っていらっしゃいま
した。こうして分らなくなって行くのですね。

◆八坂村の道祖神達

石原 地捨の田 桐山 万仲
石原・明治10年 地捨の田・嘉永6年 桐山・明治12年 万仲・弘化3年
菖蒲 菅の窪 横瀬
菖蒲・享保18年 菅の窪・嘉永5年 横瀬・昭和58年
地捨の田: 現存する双体道祖神の中でも、最も見つける事が困難な一つ。その入り口さえ分らない、建て屋も残らない廃村に有ります。”じしゃんた”と読みます。
菖蒲: 頁頭の写真がその場所です。下を走る道路ではなく、殆ど使われなくなった旧道に佇みます。ここではこう言った状況に設置されている場合が多いのです。最近では工事の関係で移設される例が多くなっていますが。また、この道祖神には上部に卍が彫られています。(写真では見ずらいのですが)
桐山: タバコの葉と岡ワサビの栽培の季節だけ1軒のお宅におばあちゃんが住まわれます。(おじいちゃんもいっしょだったかな?) 顔も崩れて消えかけています。切山と書く事もあります。
横瀬: 新しい道祖神です。実はこの道祖神が建てられる前までは丸石の道祖神が屋根の下に大事に奉られていたのです。しかしこの道祖神と入れ替わり、それらは行方が知れなくなってしまいました。
石原: 県道沿いに有る道祖神ですが、もうお年寄りしかその存在を知らない様になってしまっています。教えていただいたおばあちゃんによれば、今ではもうこの道祖神を奉る祭事はしていないとの事でした。残念な事です。
万仲: ”まんじゅう”と読みます。かつて彩色されていた跡がわずかに確認できます。

◆円筒形の珍しい小松尾の道祖神

小松尾1 小松尾2
ご覧の通り、小松尾の道祖神は自然石でも文字碑でも双体神でもない円筒形の大変珍しい物です。そしてその周りには玉石の道祖神が沢山置かれていました。また写真左に有る様に藁で編まれた酒樽が飾られ、屋根の周りには”やす”の杯やしめ縄等で大事にされている事がわかります。北安曇野では藁を筒状に編んだ”やす”で道祖神を飾る風習が今でもしっかりと残されていて嬉しい限りです。地すべりで引っ越してしまった旧集落に残されています。

◆移設されていく道祖神

槍平から移された梨平の道祖神

槍平(うつぎだいら)と桑梨の集落の人達が移り住んでいる梨平。そこには槍平の道祖神(写真左の左像)と桑梨の石祠が(写真左の右祠)が一緒に移されてきています。合掌並立の道祖神は年代が古いものが多く、この道祖神も年代不明ですが古いものであると推測されます。ここ八坂村の道祖神は砂岩で出来たものが多いため摩滅・風化がひどく年代が定かでないものが多くなってしまいます。
梨平1 梨平2

◆村境の道祖神・竹箆(しっぺー)

竹箆と大岩 竹箆 八坂村・竹箆と生坂村・大岩の道祖神

左の写真、細い道の右側が竹箆の道祖神です。左の青い屋根の下の道祖神はお隣生坂村・大岩の道祖神です。
何らかの理由で移されてきたものかと思いきや、以前からこの様な関係に置かれているそうです。真中の細い道が村を分けていた旧道なのです。それにしてもこれほどまでに近いところに置かれた村違いの道祖神も珍しいです。
明治10年・帯代拾五両の彫り有り。

◆奉られざる道祖神

曽山1
享保十九年
曽山の道祖神
道祖神の後ろに見える金属は、以前建てられていた
屋根のトタンの崩れた跡なのです。
別に粗末にされているわけではないのですが、嘗て
の様に道祖神祭りが行われるわけでもなくなり自然
の中の存在になろうとしています。
曽山2
苔むすお顔
普通の道祖神には見られないほどの苔が
石仏を包み込んでいます。この写真の通り
表情を包み隠す様に苔がむしてきています。
ここにはまだ住む方がいらっしゃいますので
是非とも大事に奉っていただきたいものです。

これからも地域ごとにその特徴と共に道祖神を紹介していこうと思います。


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